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「書」は、「美術」か?「文学」か? -前編-

「書」は著作物です。本来、文字は情報伝達という実用的機能を担うものであって、特定の人に独占させるわけにはいきません。しかし、その実用性を超えて「美的要素」がある文字については著作物となります。これは、「雪月花事件」(東京高裁平成14年2月18日)をはじめとする裁判例で言われていることです。なお、「美的要素」とは、文字の選択、大きさ、墨の濃淡や潤渇、運筆、筆勢、余白など、文字の“造形”のことです。そして、「書」は「造形芸術」だとされています。(*1)

先日、書道家の渡邉桂月先生から「書とはどういう芸術か 筆蝕の美学」(石川九楊 著、中公新書、1994年)という書籍を紹介されました。この中では、「書」が「造形芸術」であることを否定したうえで、「書」とは「文字を書く」ものではなく、「言葉を書く」ものだとしています。そして、「書は決して美術ではなく、文学である。」(前掲書、166頁)と結論づけています。

「書」は、「美術」か?「文学」か?実際の作品を見て、どのようなご意見をお持ちになるでしょうか?
以下のHPより、渡邉桂月先生の作品をご覧になってみてください。

Brush Stroke: https://brushstroke.tokyo/ 

 

書かれていたのは、「文字」でしょうか?「言葉」でしょうか?

書かれているのが「文字」というなら、その「美的要素」が著作権法上の保護対象となり、「美術の著作物」に分類されます。一方、「言葉」だとなると、言語体系によって表現された著作物として、「言語の著作物」に分類されねばなりません。

実際には、「書」は「美術の著作物」に分類されます。だからというわけではありませんが、一筋縄ではいかない問題が生起します。冒頭の裁判例に従えば、「書」でなくても「美的要素」のある文字ならば著作物になりえます。では、タイプフェイスやロゴマーク、デザイン書体はどうでしょうか。文字は「万人共有の文化的財産」です。特定の人に独占させることはできません。そのため、文字を変形させたり、デザインを施したりしたからといって、無分別に著作権を認めるわけにはいきません。そこで、「書」とそれ以外の「文字を素材とした造形表現物」との調整が問題となるのです。(*2)

「書」が「言葉を書く」ものであるなら、いっそのこと「書」を「言語の著作物」に分類してしまえばよいという考えもあるかもしれません。タイプフェイス等は「言葉」を書いてはいないのだから・・・。なるほど「書は文学」には道理があります。ただ、著作権法にそれを当てはめようとするといささか都合の悪いことになるのです。(つづく)

(Blau=Baum)


(*1)「雪月花事件」では、「書」を以下のように定義づけています。
「書は、一般的に、文字及び書体の選択、文字の形、太細、方向、大きさ、全体の配置と構成、墨の濃淡と潤渇(にじみ、かすれを含む。)などの表現形式を通じて、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢い、ひいては作者の精神性までをも見る者に感得させる造形芸術であるとされている・・・。」

(*2)
「ゴナ書体事件」(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決):
「タイプフェイス」と呼ばれる印刷用書体が著作物として保護の対象となるのかどうかという事件です。「タイプフェイス」が著作物であるためには、従来の印刷用書体と比べて「独創性」があること、「美的特性」を備えていることの二点を要するとして、結局、「タイプフェイス」は著作物でないとされました。

装飾文字「趣」事件(大阪地裁平成11年9月21日):
文字をグラフィカルにデザインした「装飾文字」に関する事件です。
「書又はこれと同視できるほどに、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有しており・・・」として、著作物とされました。

 

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